雑念日記

愛する本たちとともに送る、雑念だらけの日々。
文学・小説を中心にした簡単なレビュー。(最近面倒なので更新は程ほどに)

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『罪と罰』 ドストエフスキー

罪と罰 (上巻)
罪と罰 (上巻)
工藤 精一郎,ドストエフスキー

罪と罰 (下巻)
罪と罰 (下巻)
工藤 精一郎,ドストエフスキー

記念すべき第一回は、ようやく読み終えた、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでの感想といきましょう。

この物語の主人公ラスコーリニコフは貧しい学生です。
けれども、自分自身の才能を信じており、
そのため、彼を認めない世間に対して怒りを感じているようです。

そんな彼を象徴するのがこのような主張です。
人間は自然の法則によって二つの層に大別される……低い層(凡人)と、……本来の人間、つまり自分の環境の中で新しい言葉を発言する天分か才能を持っている人々です。第二の層は、みな法律をおかしています、その能力から判断して破壊者か、もしくはその傾向をもつ人々です。……彼らの大多数は、実にさまざまな形において、よりよきもののために現在あるものの破壊を要求しています。そして、自分の思想のために、たとえ血を見、死骸をふみこえても進まねばならぬとなると、僕に言わせれば、ひそかに、良心の声にしたがって、血をふみこえる許可を自分にあたえるでしょう。(上巻 p.456, 新潮社)

簡単に言うと、人間を凡人と非凡人の二つにわける考え方です。
当然、彼は自身が非凡人に含まれるものと考えて、「よりよきもの」を獲得するため、質屋の老婆を殺害するのです。

それは、当時の道徳を超越した思想です(勿論、現代でもですが)。
彼自身は質屋の老婆を殺害することなど、これっぽっちも悪いことだと考えていない。
つまり、ラスコーリニコフにとっては「罪」ではないというわけです。
となれば、当然、「罰」が発生するわけありません。

では、この本のタイトルである「罪」と「罰」とはラスコーリニコフにおいてはどのようなものなのでしょうか。
僕もそれはわかりません。だが、それがなんなのかを考えることがこの小説を読み、読んだ後の楽しみかな、と思います。

【余談】
映画『マッチポイント」で劇中、主人公が『罪と罰』を読んでいるシーンがありました。そこで、なにかしらシンクロする場面があるのではないかな、と考えながら読んでも面白いかもしれませんね。
映画自体のことはここでは述べませんが、スカーレット・ヨハンソンの腹が気になってしょうがなかったです。ちなみにああいう腹をlove handというらしい(友人談)。握れるのが愛くるしいようですね、欧米では。
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『罪と罰』は、管理人の雑念書房にも掲載してます。
その他、おすすめ本もございますので、よろしかったらご覧ください。
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