雑念日記

愛する本たちとともに送る、雑念だらけの日々。
文学・小説を中心にした簡単なレビュー。(最近面倒なので更新は程ほどに)

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イベントレポート3

 木村榮一×高橋源一郎 トークショー『物語は永遠に』 ガブリエル・ガルシア=マルケス全小説/新潮社 刊行記 (12/16)

頭の中で少し話が風化しはじめてます。

『コレラの時代の愛』については、この作品に限らず、ガルシア=マルケスの語りについて多く触れられていた印象です。膨大なエピソードをもとに、一人ひとりの人物をつくりあげていく、そのやり方の解説がありました。

エピソードをつみあげてゆく、このやり方は『百年の孤独』をはじめとする作品に見られます。特に『百年の孤独』の語りは、ガルシア・マルケスの祖父母が語る神話や伝承をヒントに作られていると言われます。いわゆる「マジックリアリズム」(日常にあるものが日常にないものと融合した作品に対して使われる芸術表現技法。伝承や神話、非合理などといったあくまで非現実的なものとの融合を取っている手法。wikipediaより)と呼ばれるものですね。

そして、ここからが実に面白かった。

そもそも「マジックリアリズム」という言葉は中南米にはない言葉だということです。言葉として、というよりは土壌としてありえないという意味だと理解しています。(中南米のことはあまりわからないので、なんとなくですが)

あくまでも輸入された言葉である、と。そもそもこの言葉ができあがる前に、手法としては確立されていたようです。(例えば、ホルヘ・ルイス・ボルヘス こちらもwikipediaにのってました

さらに、なんでもマルケスのおばあちゃんはスペインはガリシアの人らしく、そこはもともとケルト人の土地だったと。ケルトは元来、文字をもたない文化なので、口承によります。あらゆる神話やエピソードが人々の記憶とコミュニケーションによって形作られるというわけです。

ケルトの特徴といえば、自然崇拝の多神教であるということです。

本来リアリズムというものは、ヨーロッパでうまれたものであり、その背景にあるのはヨーロッパ的な価値観でしょう。リアリズム作品では「共同体における同意」が見られます。つまり、共同体というある種、広い範囲でのコンセンサスが基調になっている。そのコンセンサスをとりつけるものが、とりわけ一神教のキリスト教的価値観です。

ケルトの血筋をマルケスの語りがひいているのならば、ヨーロッパから派生したリアリズムという言葉をあてはめるのはある意味不自然なことに思えました。

(余談:僕は中南米は知らないのでなんなのですが、例えば南米のアンデス文明は文字をもたなかった。つまりケルトと同じです。インディアンの話になるので、南米のインディオにあてはまるか微妙だけど、彼らは部族ごとに独自の文化を築き、自然を崇拝しています。ある固有の神をまつるのではなく、自然に多くの神々を見出してきた。そういう土着性から考えても、やはり、ヨーロッパ的価値観からは元来遠い場所にあるのではないかと思いました。)

この話の延長で、高橋さんが言ってた未来の日本文学の可能性について、次回。
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